ガイヤカーニバル年表

 

 

1989年(第1回)
水上ショーからガイヤカーニバルへ。「宇和島ガイヤパレード」と名付け、2500人の参加者によりパレードが行われました。
当時はAコースBコースとあり、Aコースでは団体審議、Bコースでは個人審査が行われました。沢山の協力者
スタッフはもとより宇和島市民、県内外の皆様のお陰で、第一回目大成功となりました。
1990年(第2回)
カーニバル前のイベントとして、バンドコンサート、ガイヤプリンセスコンテストが開催されました。
当時は宇和島市に30を超えるアマチュアバンドが結成されており、その中の5バンドが南予文化会館前にて演奏していました。
ミスガイヤプリンセスには1位賞としてグアム旅行が贈られました。
ダンスコースは牛鬼ストリートから和霊神社までの長いコースでした。
1991年(第3回)
司会を務めて頂いた小林真三さんのラジオ生放送がガイヤカーニバル終了後宇和島市より放送されてました。
1993年(第5回)
節目の年としてガイヤダンスの振付をして頂いた土居甫さんを特別審査員として迎え、又、小学生以下の
子供たちにガイヤカーニバル記念メダル贈与されました。
開会式前には宇崎竜童さんのメッセージテープが流されカーニバルのスタートを盛り上げました。
1994年(第6回)
ガイヤカーニバル参加人数が3000名を超えました。
ストリートダンスDZZLによるダンスパフォーマンスの時間が作られました。
1995年(第7回)
ガイヤカーニバル司会者として、もぎたてTVアナウンサー(当時)野志克仁さんに努めていただきました。
ダンス参加者数、観客動員数約3万人を記録しました。
1996年(第8回)
宇和島祭りの名称を30回目の節目に「うわじま牛鬼まつり」に改名しました。
初の女性司会者、永江孝子アナウンサー(当時)による軽快な司会でスタートし、広島より参加してください
ました、ダンスグループP-FACTIONによるダンスパフォーマンスがおこなわれました。
1997年(第9回)
ガイヤカーニバル司会者に正岡省吾さんを迎え、同時にFM愛媛によるラジオ生中継がおこなわれました。
1998年(第10回)
FM愛媛「ミュージックフロムJOEU」公開放送として嘉門達夫氏によるアコースティックライブが
おこなわれました。
1999年(第11回)
56団体3300名の参加者を記録しました。
2000年(第12回)
宇和島城築城400年記念のこの年、ガイヤカーニバルDJポイントが3か所設置され大いに盛り上がりました。
2001年(第13回)
司会者に井坂彰氏を迎え龍心太鼓のパフォーマンスから始まり67団体3500名を超える参加者
33000人の観客動員数を記録しました。
2004年(第16回)
参加団体93団体3700名、観客動員数35000名の過去最大のまつりイベントとなりました。
2006年(第18回)
子供の部、大人の部部門ができました。
2007年(第19回)
参加者人数が4000名を超えました。(約4200名が踊り子として参加)
2008年(第20回)
20周年記念でガイヤオンザロード作詞作曲の宇崎竜童氏をお招きし盛り上がりました。
2009年(第21回)
やのひろみさんを司会にお招きし、ガイヤ終了後に初めて参加者と一緒に商店街のごみ拾いを実施しました。
2010年(第22回)
ゲストに関西京都今村組をお招きしパフォーマンスを披露。
審査員には宇和島出身シンガーソングライターの花れんさんをお招きしました。
2011年(第23回)
ゲストにひめきゅんフルーツ缶をお招きしました。
うしおにストリートを8の字に回るルート初挑戦しました。
2012年(第24回)
沢山の意見が欲しいと、ガイヤ終了後に責任者会議を実施。踊り子の責任者にお集まりいただき意見交換会をしました。
2013年(第25回)
審査に団体選抜を採用しました。団体から選抜された4名がステージ前でパフォーマンスを披露しました。
2014年(第26回)
現在も宇和島ガイヤカーニバルを盛り上げてくれている仲間の「愛の葉ガールズ」が初参戦しました。
表彰式のエンドロールを作成しました。
2015年(第27回)
当日は大雨となり子供の部をルート変更しました。
2016年(第28回)
映画 海すずめ主演の武田梨奈さんがゲストに来てくださいました。南予文化会館前に給水所の設置をしました。
2017年(第29回)
前年宇和島に来てくれる約束をして頂いた武田梨奈さんが再来宇してくださいました。
ステージにて踊り子と一緒になってガイヤダンスを踊っていただきました。